小説「マリア=ノルダール」

 マリアは今、俺の体に覆い被さっていない。さっきまで俺の股間に顔を埋めていた彼女は、人懐こい猫のようにベッドの上へ跳び乗ると、四つん這いになったまま顔をこちらに向けて俺の様子を伺っていた。まだ俺の体に普段通りの力は入らないが、多少動くくらいのことは出来る。もたもたとベッドの上で身じろいで体勢を変えた俺は、余裕そうにニヤつくマリアに少しイラっとして、唐突にそのやたら大きいおっぱいを鷲掴みにした。
「ひゃん……っ!?」
 余裕ぶったマリアの口から、はじめて可愛らしい声が漏れる。さっきからゆさゆさゆさゆさ目のやり場に困っていたんだ、こうなったらもう遠慮はしない。
 柔らかく、重みを感じる豊満なおっぱい。それを両手で両乳ともに持ち上げて、揉みしだく。昔読んだ雑誌で「女は胸を揉まれても気持ち良くない」とか書かれていたが、知るかそんなこと、俺が揉みたいから揉むんだよ。騙し討ちのように薬を盛って体の自由を奪ってくるような女への気遣いなど知ったことか。
「ちょっと乱暴だけど……ふふっ、良いわよ、好きなだけ触って」
「言われなくてもそうするさ」
 指が沈む、弾力で跳ね返される、「やわちち」と呼ぶのが相応しい胸の膨らみ。マリアは四つん這いから膝立ちに姿勢を変え、その綺麗な曲線を見せつける。ああ、好きなだけ触ってやる。マリアの挑発じみた発言に対してそう思いながら彼女の乳を揉み続けていると、不意に彼女の乳首が固く勃起して存在感を主張していることに気がついた。まるで……そう、ここも触ってくれと言わんばかりの存在感だ。
「っ……ぅあん!?」
 指の腹で乳首を撫でた途端、マリアはまたしても甘い声を漏らす。もしかしてこの魔女……余裕ぶっている割には、責められると弱いんじゃないか? そう思った俺は、試しに乳房を揉む手を休め、指先でマリアの乳首だけを執拗に責めてみた。
「これはどうだ?」
「んっ……! っ……ふ、ぅあ……」
 さっきまでの饒舌はどこへやら、急にマリアが静かになる。正解だ。この魔女、自分が責められると弱いぞ。声を抑えようとしているのが気に食わないが、それならば声が我慢出来なくなるまでこっちが責め続ければ良い話だ。
 俺は左手で乳首責めを続けながら、もう一方の手をマリアの股へと伸ばす。デカい胸で視界が塞がれるが、脚に触れたらそのまま上に手を滑らせていけばいい。その過程で太ももを撫でるのも、良い刺激になるだろう。

小説「マリア=ノルダール」

 友人たちと一緒にハイキングへと出かけたときの話だ。
 行き先は登山初心者でも安心だという、ハイキングコースが整備された低い山。おまけに同行する友人の中には登山に慣れた経験者も居るということで、本来ならば、最初から最後まで散歩気分で終わる楽しいハイキングになるはずだった。
 当日の天気予報は一日を通して快晴。いくら山の天気が変わりやすいと言っても、そこまで急激に空が荒れるはずはない。そう思っていた俺達は、当日も天気の変化にはそれほど注意していなかったし、実際、ハイキングをしている最中の天気はずっと安定していて、空は荒れるどころかずっと雲もほとんど見当たらない晴天だった。
 だが、いよいよ山を下りて帰路につこうとしたときのこと。それまで麓を見渡せるほど鮮明だった視界が急激に濃い霧で覆われていき、すぐ近くに居るはずの友人たちの姿さえも見失ってしまうという異常事態が起きた。大声で呼びかけても、友人たちからの返事はない。
 とはいえハイキングコースは一本道だ。足元に注意して進んでいれば、麓の駐車場まで辿り着ける。そう思って歩き続けていたのに、いつの間にか俺は、ハイキングコースから外れて剥き出しの土の上に立っていた。こんな状況だ、注意を怠ったつもりなどないのに。
 いつからハイキングコースから離れていたのか、友人たちはあの短時間でどこへ消えたのか、何もかも分からないことばかりだったが、少なくともこのまま夜が来たらマズいということだけは理解できた。もう既に太陽は西に傾き、沈みかけている。このまま辺りが暗くなれば、霧の中でまともに歩くことは出来なくなるだろう。
「嘘だろ……まさか、遭難……?」
 どうにかして元の道まで戻らなくてはいけない。そんな焦りに駆られて足を動かすが、進む方向を間違えればより深く森の中へ迷い込むことは明白だった。霧の中、どの方向へ進むべきかなど分かるわけがない。だが、立ち尽くしていても状況は変わらない。この時の俺には、その場で助けを待つといった考えを持つ余裕などなかった。
 だが、いくら歩いてもハイキングコースに戻ることはなかった。霧に包まれた狭い視界に映るのは、人の手で整備された様子のない森の景色だけ。おかしな話だ、いつの間にか山らしい傾斜すらも無くなっている。広く、深い、森の中。ここは……どこだ?
「なんで……俺は、どこに居るんだ……?」
 遭難どころではない異常な事態に巻き込まれていることを薄々自覚し、不安と恐怖が心を包んでいく。そのときだった。
「あら……珍しい。どこから迷い込んだのかしら、坊や?」
 自分ではない、他人の声。さっきまでは感じなかった、甘い匂い。驚いて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。およそ山歩きに来ているとは思えない……というか、鼠径部や豊満な胸の谷間が露出した際どいハイレグ形状のコルセットに、マントと指ぬきのアームカバー、そしてニーハイソックスを合わせただけという、およそ外を出歩くための姿とは思えない奇妙な服装をした外国人ぽい顔立ちの若い女だ。森の中というロケーションにはあまりに場違いな格好であり、身に着けているものがどれも黒いせいか、露出した素肌の白さが余計に目を引く。一体この女、何者だ……?

小説「うみのあな」

 俺が海で溺れていたとき、セーラとカリハは海水浴場の賑わいを眺めようとして偶然近くの岩場に来ていたらしい。
「アンタが溺れていると分かった途端、止める間もなくセーラが飛び出していったからな。仕方なくアタシもついていって、セーラがアンタを連れ帰っている間にサメと少し『お話』してやったってワケだ。ま、話せば分かるやつだったよ。ちょっとでもセーラに噛みついていたりしたら、アタシがボコボコにしてやったところだけどな!」
 改めて事の顛末を聞くと、カリハは自慢するような口振りでそう語った。いかにも魚っぽい下半身のセーラと違い、カリハの腕や下半身は鱗の目立たないザラっとした質感をしている。そう、それこそ鮫のような見た目だ。ヒレの形もどことなく鮫に似ている気がする。
「ごめんねカリハ、うっかり説明するの忘れちゃってて……」
「全くだぜ、まあわざとアタシを除け者にしようとしたワケじゃないなら良いさ」
「そんなことしないよ~」
 思い返してみると確かに、セーラからは「セーラが俺をこの洞窟まで運んだ」としか聞いていない。彼女も決して嘘は言っていないが、「カリハが一緒に居た」という大事な部分が語られていなかったようだ。
「そういうわけだからオマエ、しっかりアタシに感謝しろよ!」
「ああ、ありがとうカリハ。俺は2人のお陰で助かったんだな……」
「そう、分かれば良いんだ、分かればな。……で、そんなことより、だ」
 カリハは急に黙り込むと、じっと俺のことを見つめ始めた。なんというか、品定めというか……俺という人間が値踏みされているような、そんな目つきだ。
「あの、なにか……?」
「オマエ……さっきまでセーラとヤってたんだよな?」
「えっ、いや、まあ、うん」
「……どっちが誘ったんだ?」
「え?」
「ふふっ、人間さんが私の体に発情してしまったので、私がそれに応えたんですよね?」
「ちょ、セーラ!?」
「なるほどなァ……だとしたら、アタシも負けてらんねぇよなぁ」

小説「うみのあな」

 ある夏の出来事だ。
 その日俺は、友人たちと海水浴をするために海を訪れていた。普段はプールで泳ぐ機会もなかなかないが、かつて小学校の授業で教え込まれただけの泳ぎ方でも、意外と体は忘れていないものだ。天気が良くて日差しが熱い、まさしく絶好の海水浴日和。夏休みシーズン真っ只中ということもあり、浅瀬は子連れの家族やカップルなんかで混雑していたが、少し岸から離れてしまえばそれだけでも、両手足を広げて水面に浮かんでいられるくらいにはスペースの余裕が確保できた。
「まさしく海に来た、って感じだなぁ……」
 一緒に海まで来た友人たちは、なにやらビニールボールを膨らませて遊びの準備をしている様子だったが、こうして日頃のストレスを忘れてただ海に浮かんでいるだけの時間も悪くない。真夏の日差しを浴びながら、そんなことを考えてのんびりと海面を漂う。どうせ用があるなら呼びに来るだろうし、それまで俺はこうしていよう。──そのつもりだった。
 ふと気が付くと、やけに遠くから俺の名前を呼ぶ声がした。妙に迫真の、まるで今すぐ俺になにかを伝えないといけないような、とにかく切羽詰まった声だった。
 と、同時に疑問が浮かぶ。あまりにも声が遠すぎる。不意に胸騒ぎを感じた俺は、飛び起きるようにして身を起こすと、声の聞こえる方向へと目を向けた。
「な……っ」
 浅瀬の方に居る友人たちの姿が、驚くほど小さく見える。いや、違う。俺が岸から離れているんだ。ただ水面に浮かんでいるつもりだった俺は、いつの間にか砂浜から大きく離れた沖の方へと流されていた。離岸流というやつだ。毎年ニュースでその名前を聞くことはあったが、まさか自分がそれを体験することになるとは思ってもいなかった。
「まずい、まだ流されてる……!?」
 今なお砂浜が遠ざかっていることに気が付き、焦った俺はすぐに泳ぎ始めた。だが、離岸流は強い流れだ。本来は横にそれて流れのないところから岸に帰るべきで、流れに逆らって泳いでも体力を奪われるだけ。しかし半ばパニックに陥っていた俺は、そんなことに気づく余裕もなかった。
 そして、不運には不運が重なるらしい。必死に泳ぐ俺の視界に、映画やテレビ番組なんかで見覚えのある何かが横切った。
 ──鮫だ。
 思わず体が止まった。状況を理解するまで数秒かかる。鮫、海水浴客を襲うこともあるという海の危険生物。それが今まさに、助けも期待できないこの状況で目と鼻の先に居る。
 驚きと焦りで、顔が海の中に入っていることも忘れて息をのむ。瞬間、喉の入ってはいけない場所へと海水が流れ込んできた。痛い、苦しい、怖い。
 俺は、一瞬にして溺れた。
 鮫が迫る。視界がぼやける。意識が遠のく。
(まずい、死ぬ)
 俺の意識は、そこで途切れた。